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オープンソースな医療情報

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オープンソースな治療法 その16(初期仏教)

「仏教は、宗教ではなく、インドの心理学である。」

 

こう言ったのは、音霊法で有名な神道家の友清歓真氏です。

確かに、認知療法は、般若心経で言う、色即是空(または空即是色)そのものだと言えます。

 

一般には、人間の苦しみというのは、外部からの影響で起こると考えられています。例えば、理不尽な上司のせいで、毎日が辛い、胃潰瘍にもなったという人がいたら、通常は、この理不尽な上司こそが、原因であり、それを除かないと解決は出来ないと考えます。ところが、仏教では、その上司の態度をどう受け取るのか?という自身の心の態度に原因を求めます。つまり、認知の問題です。例えば、つまらない計算ミスをしたとします。そこで上司から、

 

「君は大学を出ても、こんな単純なミスをするのかね?」

 

と言われたとします。このイベントに対して、

 

「ああ、なんて嫌味な上司なんだ。こんな人の元では働きたくない。」

 

と思う人もいれば

 

「なるほど、一理ある。どうやったら、単純ミスを減らせるのだろうか?」

 

と、捉える人もいるわけです。

 

これはセクハラもイジメも同じで(あまりにも陰湿なものや犯罪レベルは当然、除く)、

受け止める段階で、ずいぶん、本人へのダメージが変わってくるものです。仏教では、あらゆる苦しみは、その人の心の態度から起こると考えるのです。もちろん、人間として、自然な感情を否定しているのではありません。あくまで、認知の歪みを問題にしているわけです。

 

 

なお、仏教は、釈迦が説いた、原始仏教(厳密には初期仏教とは違うそうですけど、それは学問的にはという事らしいです)と、それ以外の仏教があります。特に日本の仏教は開祖の影響が大きい為、釈迦の教えに直接、触れる事は難しいかもしれませんので、スリランカの初期仏教の法話をお勧めします。ちなみに、この長老と直接、お会いした事があるのですが、.....よく、怒っていました(笑)。彼は熱心なあまり、他宗教批判もしますし、本人も反省しているそうです。実に人間らしい、魅力ある人でした。まぁ、これだけ、修行されている方でも、心というのは思うようにはならないという事で、ある意味、仏陀の教えは、本当なのだと実感させられました。

 

なんと言っても、仏陀の最初の悟りは人生は苦であり、それは心が執着しているからだという事ですから。長老といえど、執着は捨て切れないのです。私たちは、もし、完璧な人を前にすれば、何かを学べるでしょうか?萎縮してしまって、話もまともに聞けないかもしれません。そして、「あんな特別な人と同じ事は出来ない」と認識してしまい、全く、成長出来ないのかもしれません。そういう意味でも、長老の法話は、心にしみる思いがします。

 

仏教の心理学的なエッセンス(顕教)は完全にオープンです。仏教医学という言葉があるほど、様々な癒しの技法も存在しているそうです。

実際、軟酥の法、内観療法、ビワの葉のお灸、ヴィッパサナー瞑想、坐禅など、仏教発の治療法はたくさん、あります。その原点たる、釈迦の教えに一度は触れてみても良いかと思います。

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