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オープンソースな医療情報

医療難民救済の為、主にオープンソースな医療の情報公開しています。リンクフリーです。

医療難民の定義

このブログはいわゆる、医療難民の救済のヒントとなるべく、主にオープンソースな医療情報を公開する事を目的にしています。

 

ただし、医療難民の定義ですが、ただ、難病で困っている人という意味ではありません。というのも、私は笠原理論を知る前から、主に難病の人を相手に物療(鍼灸や操体)で臨床活動をしていた経験から、

 

家族から依頼される場合、本人は治療に関心を示そうとしない傾向がある事や、

客観的には、どんなに劇的な治療効果が出ても、決して、認めようとしない事や、

熱心かつ、理論的な説得が著効した経験が皆無である事や、

治療が進むにつれ、何かと治療の中断や、中止の動きが本人や場合によっては家族から出てくる事

 

というような事をかなり、高い確率で経験しているので、ある種の

 

自覚なき心理的抵抗

 

を持った人には何を言っても無駄という事を体験的に知っているからです(「治りたくない人達」を参照)。こういう人達に共通して言える事は、論理性が完全に欠如している事です。そもそも、治りたいといって、治療を依頼してくるのに、治療成果が確認され出すと、突然、辞めたがるのです。もちろん、完治すれば辞めるのは当然というか、その場合、辞めるではなく、終了ですから、むしろ、こちらからそれを先にお伝えするのです。特に心因性の病気、つまり、心身症にその傾向が強く、リウマチなどはその典型だと言えます。

 

ある患者は「続けたいんだけど、お金が続かないから」と言って、辞めました。しかし、その患者を紹介してくれた知人によると、その人は、毎月、3万円以上かけて、新しく、服を買うのだそうです。また、西洋医学の薬代も月に2万円、かかります。もう、手足の変形が始まっている上に、炎症期には、手首から前腕にかけて膨らんでしまう為、夏でも長袖を着るそうで、症状のせいで、ファッションの選択性をかなり、犠牲にしているワケです。また、ある時、近所に美容院が出来た為、知人の薦めもあって、カットにいったところ、リウマチである事を悟られ、同情されたと感じ、憤慨して、二度と行かないと言っていたとも聞きます。

 

この人の言動に論理性は見いだせるでしょうか?

 

治ってしまえば、まず、病院の薬代を払う必要がありません。完治しないにしても、薬を減らせるでしょう。また、症状のせいで、制限されていたファッション選択の自由度も上がるはずです。変な同情も受けないでしょう(というか、おそらく、被害妄想だと思います)。また、治療費は、最初からわかっていた事ですし、何より、これを言い出したのが、なんと、2回目が終了した直後なのですから(つまり、2回目で著効が見えた。一部、変形が治っていたのです)。

 

これは当初、その人の個人的なパーソナリティー故の問題なのかと思っていました。ところが、後に2人目のリウマチの患者さんに出会うのですが、ほぼ、同じ反応を示すのです。

 

著効があると、辞めたがる

 

というなんとも、矛盾した現象です。事態はリウマチに限りませんでした。人工透析寸前の重度の糖尿の人が、境界型まで、血糖値が下がるほどに回復した時、私の目の前で、ケーキを食べてみせたり(良くなったから、つい、食べたくなったなら、私がいない所でいくらでも出来ます。しかも、あれほど、患者である夫を気遣っていた、奥さんがケーキを出したのです。)、脳梗塞を起こし、奇跡的に小康状態になった人が、身体を冷やすと血行が悪くなって、血管が詰まりやすいので、とにかく、冷やさないでくださいと、夫婦共に強く注意した、次の日にアイスクリームを奥さんに買いに行かせ、奥さんも素直に従ったケースなど、

 

常識的な判断では理解出来ないケースに数々、遭遇する事になります。その時は、病気になる人は、ある種の性格的な傾向があるからではないか?という、漠然とした思いでいたのですが、家族も治らない方に協力する傾向があるのは、どうしても、説明がつきませんでした。もちろん、家族の仲が実は悪いといった事情はなく、本気で、患者の事を心配しているのにです。

 

そして、このブログを開始してから、ついにその謎を説明出来る理論に出会うわけです(それが笠原理論)。

 

まだ、笠原理論がどの程度、正確なのかは、私は臨床心理士でもカウンセラーでもないので、完全な追試は出来ませんが、笠原理論に従えば、方法論を問わず、治る事に対する、抵抗が生まれるはずです。ただ、その抵抗の度合いには大きな個人差があって、治る事を素直に喜ぶ人ももちろん、いるのです(この辺りは笠原先生も著作で言及されている)。はたして、その個人差を解消する手段があるのかどうか。笠原理論では、説得は無駄で、感情の演技という手法であえて、抵抗に直面させる事で、いずれ、抵抗が減少、消失するとあります。ところが、その前に治療自体を辞めてしまいますし、何より多くの場合、治療そのものに関心を示そうとしないのです。

 

その為、残念ながら、本ブログの読者ターゲットは絞られてしまいます。それは

 

抵抗が比較的、弱い、治りたい人です(強い人は残念ながら、自らの抵抗に阻止されてしまう為)。

 

たまたま、このブログを読んで、論理的な反論は出来ないけど、嫌悪感を抱いた人や、見たという記憶があっさり、消えてしまう人は抵抗が強い可能性があります。また、運良く、笠原理論でいう、反応(アクビなどの身体的反応など)が出れば、それで、抵抗が減少する可能性がある為、何度か読んでいるうちに、納得していく場合もありえます(実際にそういう人が過去にいました。ただし、その人は難病の人ではありませんでした)。なぜ、そうなのかというと、私の書く文章は、

 

多くの人が抱く、主観的なイメージ客観的な事実との食い違い

 

指摘する場合が多いから、認知療法のような側面があるからのようです。もっとも、笠原療法は認知療法ではありません。ただ、客観的な矛盾を指摘されるというのは、本人の成長につながりますので、笠原理論で言う、幸福の否定が出やすいという事になるのではないかと思うからです。

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