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オープンソースな医療情報

医療難民救済の為、主にオープンソースな医療の情報公開しています。リンクフリーです。

操体法について

操体法については、Wikiで比較的、正しく表現されていますので、まずそちらを。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%93%8D%E4%BD%93%E6%B3%95

ただ、私は普通の操体指導者と違って、操体を大きく分けて2つの解釈しています。

一つ目は、狭義の意味の操体。つまり、物療としての操体です。これは原始的な感覚での気持ちよさを味わう事を目的にした健康法、治療法です。

 

もう一つは、広義の意味での操体で、それは人間の生き方を表現したものであり、東洋の性善説を基にした、一種の自然哲学と言えます。また、治療法としても、ただ、気持ち良いという事を追求するのではなく、

 

カラダ(深い意味で)が求める事を満足させるという事を目的にしています。

 

例えば、女性が妊娠すると、酸っぱいモノを欲しがります。これは誰からも教わったわけでも無いのに、そうなります。そして、別に気持ちが良いわけではありません。

アクビにしても本来はそうです(操体はアクビを意図的に強調、再現したものだとよく、言われます)。それほど、気持ちが良いわけでもありません。操体は広い意味で言えば、本能的にカラダがその時、その時に求める事を満たしてあげる事だと思います。ただ、私達、現代人は社会的欲求(経験で覚えた、表面的な欲求)を持っていますから、それと区別する為のサインが独特の気持ちよさ(心地よさと言った方が私にはぴったりきます)だと思うんです。だから、狭い意味では、気持ちよさを味わう事は正しいのですが、もっと広く、とらえると、たとえ、気持よくなくても、

 

その時にその人のカラダが求めるものなら、なんでも操体(広義の意味で)と言える

 

と私は思っています。もちろん、創始者の橋本敬三先生がどう、思われていたのか、私は知りませんので、これはあくまで、私見であり、私の解釈に過ぎません。

ただ、こう、考えると、いわゆる、民間療法の矛盾が説明出来るんです。たとえば、民間療法の本を100冊も読めば、わかるのですが、正反対の主張がまかり通っています。

 

1.人体はおよそ70%が水分だから、水はなるべく、たくさん飲まないといけない。

2.水を飲むと身体が冷えるので、あまり飲んではいけない。

3.肉や乳製品は毒だから食べてはいけない。

4.ヨーグルト(乳製品ですね)は身体に良い。

5.笑う事は良い事だから、無理してでも、笑うと健康に良い。

6.感情を溜め込む事が最もいけないので、時には大泣きするのが良い。

 

これ、どちらが正解なのでしょうか?私なりの答えはこうです。

 

その時にその人のカラダが求める事が、その人のその時にだけ通じる、唯一の正解

 

つまり、ある人は水をもっと、飲む時かもしれないし、別の人はもっと、少量にすべきだし、笑った方が良い場合があれば、大泣きした方が良いかもしれないわけです。ヨーグルトで健康になる人もいれば、玄米菜食が良い人もいる。それも、永続的なものではなく、

 

その時のカラダの欲求に従う

 

という事なのです。本はある健康法の創始者やそれを信望している人たちが書いていますので、多くの場合は自身の強烈な治癒体験を持っているんです。その為、

 

人類普遍に通じる健康法だと勘違いしてしまっている

 

ケースが多いんです。だから、断定口調で、まるっきり、正反対の事を主張したりしているんですね。

 

玄米菜食は宇宙の法則

 

とか、言い切ったりします。それだったら、ケフィアヨーグルトで有名なコーカサス地方の人はなぜ、長寿で健康な人が多いんでしょうか。沖縄だって、ものすごく、豚肉を食べますよ。最近、長寿日本一になった、長野県なんて、虫の佃煮を食べる文化を持ってますよ。それに多くの人は白米です。100歳の双子、きんさんぎんさんで有名なぎんさんの娘の長女(97歳)は毎日、好物の鳥のカラアゲを欠かさないのだそうです。

 

ヨーロッパの有名な代替医療のジャーナリストのセリフでこんなのがあるそうです。

 

マクロビオティックでガンが治った人がいるのは事実だが、長年、マクロビオティックを実践していて、ガンになった人がいるのも事実だ。」

 

これはとても正しい表現だと思います。私たちは思想や信念で治療法や健康法を選択しがちですが、それは賢明な方法とはいえないと思います。

正しい医療との付き合い方は、まず、頭を柔軟にして、

 

目的と手段を履き違えない事です。

 

目的はなんでしょうか?健康になる事です。自分の信念やら思想に従う事ではありません。もし、自分の価値観・信念・思想というモノサシが間違っていたら?

 

もちろん、健康にはなれないでしょう。医療は手段に過ぎません。手段はどんどん、変えたら良いのです。目的を変えてしまうと、意味がありません。

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